生岡(いきおか)神社子供強飯式

平成8年11月25日 栃木県日光市七里生岡神社

アクセス・・・JR日光駅から関東バス今市方面行・生岡神社前下車


生岡(いきおか)神社の子供強飯式は毎年11月25日の生岡神社の祭りの、神事の後に土地の人々それも子供が主役で行われます。この強飯式は「強飯式」「御飯食に案内もん」「春駒」の三神事からなっています。
強飯式は日光「輪王寺」や粟野の「発光路(ほっこうじ)」が有名ですが、ここでは子供が扮する山伏と強力が、大人である氏子を責め立てます。

11月としてはかなり暖かだったこの日、平成8年の子供強飯式に行ってきました。

生岡(いきおか)神社は元々は弘法大師によって祀られたという大日如来を祀 った大日堂であったといわれています。お堂の裏側には首がもげたあとのある仏像が2体祀られています。
普段は静かな境内もこの日は村人が総出でにぎやかです。日光市が特に力を入れている行事だけに東京のキー局のテレビクルーがほとんど取材に来ています。
1.「強飯式」 太鼓を合図に「強飯式」の始まりです。メイカゴをかぶった白装束の氏子の 太郎坊・次郎坊と呼ばれる強飯頂戴人が2人並んで正座しています。その前には高足膳の上に高盛飯・大根おろしの山盛りがあります。御飯と大根おろしの上には納豆が一粒ずつ乗っています。
ほら貝が鳴ってかわいい山伏と強力の登場です。
最初は山伏の登場です。ここ日光は勝道上人が開山した修験道の山ですから古くは修験道の山伏による行事だったものが現代に継承されたものかもしれません。かつては元服した青年が山伏、強力の役を務めていたそうです。一通りの口上を偉そうに述べた後「強力」を呼んで後をまかせます。山伏は強飯頂戴人に対して丁寧ではありますが威厳のある態度をとります。

山伏に呼び出された「強力」はドスン・ドスンと大きな音を立てながら登場します。かわいい顔に歌舞伎役者のような特殊なメイキャップと両手には生大根に見立てた木の棒を持っています。この棒は山伏が儀式に使う「肘比(ひじこう・うでこう)」と呼ばれる桐の木に白紙をかけたものらしいです。この棒を床に打ち付けたり、拍子木のようにぶつけたりしてとにかく騒々しく登場です。

太郎坊・次郎坊の前で飛び上がったり、かがんだり床をドンドン鳴らして「コリャ、中宮祠の木辛皮、寂光の青山椒、お花畑の唐辛子、生岡神社の生大根」「諸所の名物よせてのご馳走、七十五杯ヅカヅカおっとりあげてのめそう」と大の大人の太郎坊・次郎坊を荒々しく責め立てます。退場するときもこの二人をにらみつけて「一粒も残しちゃならん!」と威圧しながら退場します。

次は2.「御飯食(おはんじき)に案内(あない)もん」です。別当(世襲の生岡神社の神人)が里芋を盛った三方を頂戴人の前に置いて太郎坊・次郎坊の前で直立して右足をあげたまま右から左へ三回廻しながら「お箸(お足)に案内(あない)申す。」と三回唱えてひざまずきます。そして里芋に塩を付けて頂戴人の口もとに差し出して、「御飯食(おはんじき)に案内(あない)もん」と唱えながら三回廻します。頂戴人はこれを食べようと頭を振って追いかけてかみとります。

最後は3.「春駒」です。春駒とは木彫りの馬頭に青竹の馬身の馬です。昔ロンパールームで子供たちがまたがって遊んでいたやつです。最初に別当が馬丁となり、脇別当(やはり世襲の生岡神社の神人で別当の補佐役だそうです。)が春駒にまたがって拝殿内を右回りに三回廻ります。次に脇別当が馬丁になって太郎坊・次郎坊が廻ります。大人と子供が入れ替わったような儀式で幕を閉じます。

輪王寺の強飯式は壮大で厳粛な雰囲気の中で行われますが、こちらはシンプルで村の生活の一部になっている感じがします。三神事の内「強飯式」「御飯食に案内もん」は日光責めの流れをくむものだそうですが、「里芋」を使う点に特徴があるそうです。また「春駒」は神様が降りてきて村人の生活を祝福するという儀式だそうですが、これは勝道上人に関係した儀式とも考えられているそうです。

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